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農薬、化学肥料の功罪と有機農業の登場

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第 2 章  有機栽培

2.1   農薬、化学肥料の功罪と有機農業の登場

そもそも農薬とは何なのであろうか。

 農薬とは農薬取締法によれば、「農作物を害する病害虫の防除に用いられる薬剤」である。

その範囲は広く、殺菌剤(ボルドー液、抗生物質、有機水銀剤など種々の有機合成農薬)、

殺虫剤(砒〔ひ〕酸塩、種々の有機合成農薬、生物農薬)、殺ダニ剤、殺線虫剤、殺鼠(そ)

剤、除草剤がある1

なぜ農薬や化学肥料は用いられるのであろうか。

人類は狩猟採取の時代から農耕を行うことによって定住できるようになり、文明を作っ ていった。農業の歴史は同時に害虫や病気との戦いの歴史でもある。古代エジプトのイナ ゴによる大被害、ローマ時代の小麦のサビ病と思われる病気、中国後漢のウンカ被害の記 録、飛鳥時代の 701 年に日本でもウンカの大被害があったという記録がある。これらの被 害が起こった場合、当時は神仏に祈るしか方法がなく、鎮静をただ待つしかなかった。あ るいは害虫が発生した場合、田畑に火を放って害虫を誘引して焼き殺す、あるいは畑の境 界に溝を掘ってヨトウムシの移動を防ぐ程度の低レベルの方法しか取ることができなかっ た2。時の政治にも食糧の被害は大きな影響を与えた。

 特に害虫の被害が増えだしたのは18世紀になってからである。その時期はそれまで人手 で耕作して、刈った草を堆肥にして作っていたのが、牛馬で耕作し、厩肥や金肥3が多く使 われるようになって収量が増大した時期である。肥料のよく効いた稲ではウンカの育ちも よくなって大発生が起こりやすくなった。17世紀までは100年に少なくて0回、多くて5

1 宇都宮大学農学部冨田正彦教授  1997年度授業レジュメ参照。

2 山下他 『農薬の科学』 文永堂出版、1979年、pp. 2-4を要約。

3 干したイワシや油粕などの購入肥料。

回程度の大発生だったのが、18世紀には27回に増えている4

 農薬のようなものの使用は比較的古くより行われていて、紀元前1000年ころから硫黄が 病害を防ぐことが認められ、1800年頃まで使われていた。1690年にはフランスでタバコ粉 が害虫駆除に用いられ、国内では1970年に水田に鯨油を張ってウンカを払い落として虫を 溺死させたという記録がある。19 世紀には木材腐朽防止に使われていた硫酸銅を種子殺菌 に実用化した5

本格的な農薬の歴史は第一次世界大戦以来の毒ガス兵器研究からである6。毒物の農産物 への応用から農薬の歴史は始まった。1930年頃から有機合成農薬の研究が欧米で始まり、

1938年にスイスのミューラーが DDTの殺虫力を発見して大きな一歩を記した。日本でも 明治、大正時代にかけて初歩的な農薬が使われ始めている。第二次世界大戦後は飛躍的に その使用量が増した7。DDTは第二次世界大戦中に連合軍を悩ませたシラミ、蚊、ハエの駆 除に役立った。シラミは発疹チフスを引き起こし、蚊はマラリアなどの病気を媒介する。

戦後の日本では体についたノミやシラミを殺すために体にDDTがまかれた。ミューラーは 1948年に、多くの人命を救ったということでノーベル賞を受賞している8

 宇都宮大学名誉教授の竹村氏は農薬の最大の功績の 1 つとして除草剤の使用による除草 労働からの解放を挙げている。日本の年配の女性の腰が曲がっているのを見かけることは 珍しくないが、これは除草労働が主要因とされている。また、リューマチ、筋肉痛、早老、

早死といった農村病も除草労働によるところが大きいという。除草労働は想像を絶するも ので、農作業のかかる時間の約半分が除草に費やされたという9。筆者の祖母は米を作って いるが、かつて潮干狩りに行った時に、筆者がなかなか見つけられないアサリを簡単にど んどん採っていたのを見て驚いた記憶がある。これは田んぼ草取りで鍛えたからだといっ ていたが、ちょっとやそっとの作業でないことがうかがえる。

日本に多い兼業農家が生まれた理由はこの長時間重労働の農作業から開放されたことで ある。昭和24年頃には稲作10aあたりに216時間の作業時間を要したが、そのうち50.6 時間は除草によるものであった。それが昭和47 年には 10.3 時間に減少した。そのために 省力化できた労働を金額に換算すると、農薬に使った金額の十数倍にも達する。日本の農 業の人手不足にも農薬は多大な貢献をしている10

冨田教授によれば、品種改良が進んだ現代でも無農薬ということは大変な重労働らしい。

教授が見学したところでは何が楽しくてやっているのかというほどの土作り、除草などの

4 小山重郎 『害虫はなぜ生まれたか―農薬以前から有機農業まで』 東海大学出版会、2000年 pp.2-3 参照。

5 山下他、前掲書、pp.2-4参照。

6 冨田、前掲レジュメ参照。

7 山下他、前掲書、pp.2-4参照。

8 小山、前掲書、p.40参照。

9 竹村哲夫 『有機農法の欠陥―その科学的根拠―』 宇都宮大学、1997年、随所に見られる。

10 山下他、前掲書、p.12参照。

重労働を、一般の農作業の何倍も苦労してやっているそうで、たとえ店頭で 5 割増の価格 で売られていたとしても報われるものではないという。生産者はただ使命感で取り組んで いる。そして、それらの作業は主に関心のある学生のボランティアの協力で成り立ってい るという。日本の有機農産物のシェアは全農産物の1%にも満たないとされ、日本の有機農 家は農家全体の0.1%ともいわれる11。比較的進んでいる欧州でさえ、EU15カ国全体で有 機農産物の生産割合は全農産物の2%に過ぎない12

 日本で広く食べられているコシヒカリなどの味がよい米の品種はいもち病に弱く、農薬 なしでは安心した生産ができない。一年中農産物を生産できるビニールハウス栽培などの 施設栽培も多湿、通風不良、日照不足といった悪条件のため病気が出やすく、農薬なしに は栽培できない13。加えて一般的に消費者は虫がついた野菜を嫌うので、絶対に虫が出ない 量まで農薬をまかなければ売り物にならないのである。現代社会はまさに農薬と化学肥料 によって支えられているといっても過言ではない。

 土地生産性の向上という面でも農薬、化学肥料は大きな貢献をしてきた。農薬や化学肥 料の使用は限られた土地で多くの収量を得る、病気や害虫による凶作を防止することなど を可能にし、増加する人口を養ってきた。例えば、昭和30年以前は10aあたりの米の収穫 量は平均250kg〜350kgで年によって大きく変動した。それが、農薬が普及するにつれて、

昭和31年〜43年の間に100kg以上もの増収となった。日本人1人あたり年間100kg食べ るとして、作付面積を300 万ha とすると、3000万人分の米が増えた計算になる14。現在 も飢餓に苦しむ地域が存在するが、60 億人以上の人口すべてをまかなえるほどの食糧は生 産されている。

マルサスの指摘した「農地は等差級数的にしか増えず、人口は等比級数的に増えるので、

飢餓は必然的に発生する」という仮説を、人類は化学肥料と農薬によって克服してきたの である。医療の発達などで爆発的に増加した地球の人口を近代的な農薬と化学肥料は何と かこれまで養ってきたのである。可耕地面積の拡張が限界に近づきつつある中で、狭い面 積でより多くの収量をもたらす農薬と化学肥料の必要性は増すばかりである。したがって 生産が減少する可能性の高い有機農業が広まればよいと主張する場合には、人口とどう折 り合いをつけるのかを考慮しなければならない15

また、現代の生産流通システムは大量生産、流通、販売、消費である。これはいわば農 業の工業化で生産性の向上や画一化が図られている。遺伝子組み換え食品など技術の発達、

11 久保田、前掲書、p.3参照。

12 農林水産省ホームページ http://www.maff.go.jp/kaigai/1999/19990827eu22c.htm  2003125 参照。

13 山下他、前掲書、p.13参照。

14 同上、p.11参照。

15 久宗高・熊澤喜久雄監修 (株)農林中金総合研究所編 『環境保全農業と世界の経済』  農文協、1991 年、参考。

流通業の発達などもこれを後押ししている。この流れは現代の生産性、効率性重視の価値 観に立脚したものである16

 さて、ここで農薬の毒性についても述べることにする。

国内では1960年代に有機リン系の殺虫剤パラチオンによる中毒の続発、有機塩素系の殺 虫剤アルドリン、エンドリン、ディルドリンなどの農産物への残留、有機塩素系の殺虫剤 DDT、BHCによる農産物への残留や環境汚染、除草剤PCPによる大規模な魚毒事件や健 康被害など数々の危険な事故が発生した。これらの農薬は現在使用禁止になっている。し かし、低毒性とされる農薬は大量に使用されている。1974年以降生産量は減少しているも のの17、1999年度で33万5,933トン、約3751億円分の農薬が生産された。約481種類の 有効成分が5,323種類の製剤となって使われている18

   

 先ほど挙げた事件になったケース以外にも、農薬には様々な毒性がある。最初に農薬に さらされるのは農家の人で、のどの痛み、頭痛、呼吸困難、発汗、体温上昇、けいれん、

場合によっては死亡することもある。慢性的な害もあるとされ、因果関係が証明されない が、流産やがん、皮膚障害などの原因になっていると指摘されている。環境ホルモンにな る可能性のある化学合成物質も農薬で使われている。化学合成農薬は農家だけでなく、一 般住民も健康被害を与える。化学合成農薬は地上散布やヘリコプターなどからの空中散布 からも大気中に浮遊し、大気、河川、湖沼、海、地下水を汚染する19

中毒の代表的な例がパラチオンである。慶應義塾大学の上村喜一氏が記録した死亡例に よると1952年に群馬県の19歳の女性が、振動で落ちた現役の瓶を拾い上げたときに栓の 周りに染み出た液を指先に少しつけた。これを洗いに行く前に偶然コガネムシが口に入り、

取り出そうとつまみ出したときに液も少し口に入ってしまった。約 5 時間後苦しみだし、

呼吸困難、全身けいれん、発汗、鼻水、よだれが出る、の症状がでた。医者を呼んで手当 てしたが、約1時間後亡くなった。

パラチオンは1952年の435トン生産されたのが、翌年に7,820トン、その翌年には16,814 トンと増加した。と同時に中毒者は農水省に報告されただけでも1952年に103 人、1953 年に3,805人、1954年に2,099人となり、死亡者も1952年の1人が、1953年に35人、

1954 年に52 人に増加している。この他誤って飲んだり、自殺や他殺にも使われたりした ケースも多い。ある医者は果樹地帯の集団検診の時、ほぼすべての若い女性の脈拍が細く、

血圧を測れないということがあったという20

16 久保田、前掲書、p.8参照。

17 この生産量減少は、国内の主要農産物である米が減反によって、生産削減を余儀なくされた事情と関係 があると思われる。

18 久保田、前掲書、pp.16-17、植村・河村他 『農薬毒性の事典 改訂版』 三省堂、2002年、からの引 用データを参照。

19 同上、p.19を参照。

20 小山、前掲書、pp.49-50を参照。

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